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元旦2011@まちゅぴちゅ

Wed.31.Dec.2010 @Machu pichu, Peru


                  2011年が始まるリャマ〜

 麓の村から目指す空中都市まではシャトルバス。摩天楼のようにそびえる山々を横手に、つづら道を何度も何度も折れ曲がりながら登って行く。
 左に見えた摩天楼が右に変わり、右に見えた絶壁が左に変わる。そんなことを繰り返す度に雲が下方へ降りてゆき、ついにはバスよりも下へ。それは摩天楼が立ち並び、空が狭く感じられた五番街から、空が抜けるように広く感じられるセントラルパークへ抜けてくような錯覚。

 ついに来た。いつかは訪れるであろうと思いながら、いつになるか解らなかった空中都市マチュピチュ。眼下に広がるその箱庭は、人が作った遺跡、つまり生活が営まれず初めからこのまま存在していたようにも見える。それは多分、この遺跡が遺跡としての強烈なビジュアルで存在し続けているからであろう。


 山の側面、ここ以外にも隙間があれば作られている段々畑。
 安定的農業が争いをなくし、人々の暮らしを豊かに支え、文明が右肩上がりで成長する。その為に大切であった天文学や土木技術、それらを司る神官。
 安定的食料生産は今も昔も変わらず平和のための最重要素。
 しかし、、、300〜1,000人の居住者がいたと思われるこの都市を支えるためには、これ程広大な農作地が必要だったんだね。今より農業技術が劣ってるとしても、都市の食料を支えるにはこれだけの土地が必要なんだと改めて考えさせられる。


                         マチュピチュ山への山道
 マチュピチュの街を山の上から眺める。通常は都市の北西にそびえるワイナピチュ山から眺めるのだが、そこは午前午後それぞれ200人づつしか登れない。そして見事にその400人から漏れたおっさんは、都市の南東にそびえるマチュピチュ山に登ることにした・・・それが辛すぎた。。。


    所々こういった階段が残っているが、超急階段。


     超辛い登山道。途中で引き返す人もいる。ってか、そもそも登る人が少ない。


        マチュピチュ山の頂(2940m)は遥か遠く.....
  マジでいけんのか?ってか、ワイナピチュ山(2690m)より全然高いし!
    クスコやラパスより低いとはいえ、やっぱ登ると息切れするし。



 おっさんの30分後くらい後に出発したユータ・リョー・ソータローに途中で追い抜かれながらも、山頂に着いたぞ〜!
 この高さからだと、マチュピチュ都市を取り囲む山々が雲の流れを遮り、都市が雲の中に埋没せず、且つ、雲が邪魔して都市を隠しているようにも見える。勿論この都市が建つ山の麓までは険しい道のり。マチュピチュが最後まで見つからなかったのも何となくわかる。


          ん〜、やっぱこの眺めが最高だね。


  初日の出をマチュピチュで見る野望は果たせなかったけど、年の始めに訪れるにはいい場所だ。
         
         新年から前のめりになって「行こうぜっ!」
     
          今年もよろちくび!!



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