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チチェン・イツァー

Tue.26.Oct.2010 @Chichen Itza, Mexico


高さ25m、9層の基壇を持つチチェン・イツァーの求心的神殿エルカスティージョ。
 チチェン・イツァーは200年以上にわたって、ユカタンにおける芸術・宗教・経済の中心地であった。
 7世紀には隆盛を誇ったチチェン・イツァーだが、その王族は自らこの都から去っていった。なんと古代マヤ人は、暦によって定期的に遷都を行っていたらしい。
 「忽然と消えた文明」と思っていたけど、実は高度な天文学を用いた暦によって行動していたのだ。。。じぇんじぇん知らんかった。


神々しいまでのオーラを発する神殿を前に言葉なんて全くでてこない。ビンビンにパワー感じちゃってます。
 階段基壇部の垂直面にはマヤの農耕暦(ハアブ暦)と祭事暦(ツォルキン暦)を象徴するように浮き彫りがされている。しかも写真の蛇頭ククルカン(羽毛の蛇)をしつらえた階段側面は、年2回春分と秋分の日に羽が影となって現れるという、なんとも巧妙でオサレな仕掛けが施されている。。。どんだけハイパー高度な天文学と建築学を持ってたんだよ。


マヤの天文観測台だったと推測されるカラコル(カタツムリの意)。
 この天文台の台座の正面は、真西から27.5度北に傾いていて、これは金星が最も北に沈む方角らしい。
 マヤ人は、月・太陽・星の運行を肉眼で観測し有り得ないほど正確な暦を作り上げていたんだって・・・スゲーとしか出てこないよ。。。


 おびただしい数の雨神チャック像(写真中央の鼻がミヨーンてしたやつ)が装飾された建物。干ばつ→食糧不足干は文明の存続や平和問題に直結するからなのかな。。。本質的に世界は今も昔も変わらんね。


 石柱が林立するトルテカ風の建築物「戦士の神殿」


 チチェン・イツァーとは、マヤ人の言葉で”泉のほとり”という意味らしい。ユカタン半島最大のセノテ(聖なる泉)を中心にしてこの都市が栄えたことから、そのように呼ばれたと推測されている。
 この泉(写真の右側に見える緑色の泉)、日照りの時期にはうら若き処女が人身御供として投げ入れられ、生贄と同時に様々な貢物も捧げられたらしい。実際に水底調査では色々なモンが出てきたんだってさ。




 勿論ここにも球戯場はある。だ、だからー、絶対にキャプテンは嫌だって!!


 頭蓋骨の装飾でできたツォンパントリ(「頭蓋骨の城」という意味)。ここは生贄の蓋骨を大衆にさらす場所だった。。。こわ。


 「ハンカチ買ってよー。。。」困り顔で売り子活動をしていたけど、関わるうちにハニカミながらも笑顔を見せてくれた。

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 そして、、、
 花は散り、時は流れ


 営みは風化し、いつしか人々の記憶から消えていくのです。
 消えてなくなるものはそれでもいいのではないか....その分、新たな営みが生まれるのだから。。。

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 チチェン・イツァーにはツアーで行ったんだけど、こんなセノテにも寄ってくれる。でも、おっさんが行きたかったセノテと違う〜〜。


 昼食は伝統舞踊付きで。この辺りの人は背が小さくて丸っこい体系の民族が多かった。


 しかしメキシコの街角は絵になるねぇ。

| Mexico | 15:00 | comments(0) | trackbacks(0) |
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