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a boiling point

Tue.03.August.2010 @border of Rwanda


 「郷に入らば郷に従え」
 旅人であれば誰しもが肝に銘じてるであろうこの言葉。ちなみに、ひろみは二谷に従えなかったからダディ失格となった。・・・どうでもいいですね。
 アフリカにいればアフリカ流に従う。そりゃそーです。例え時間通りに物事が運ばない・仕事のスピードが遅いとしても、それは仕方ない。だってここにいるのだから。

 しかし、である。

 例えばバスに乗るとき、相手は真顔でローカルの倍額を請求してくる。それを「まぁ自国に比べれば安いから」と、その言値で利用するのもいいでしょうが、実際にそんな人見たことがなく、大抵の旅人はローカル料金・適正価格となるように値段交渉するでしょう。そうです、いわゆる戦いの開始です。そうしないと納得できないし、ムカつきます。
 その戦いの中で、相手はスゲーバカな内容をもの凄くもっともそうな理由や言い訳に変える痛恨の一撃を繰り出してきますが、それをいなし、インポになりそうな理由にもグッと堪えて値段交渉を進め、時にはこちらも「あっそ。じゃーいいわ。」と交渉決裂と見せかけるような会心の一撃を浴びせながら適正価格へと導ていきます。
 相手の態度やムカつく言動に対し怒りがこみ上げてくることもまた事実であり、そんなアフリカンビートの中で毎度踊っていれば疲れ・呆れてくるのも、また真理。
 臥薪嘗胆、それをグッと堪え忍んでいくことが大人の作法でありることをおっさんも重々承知つかまつっているにもかかわらず、おっさんは最近それが難しくなってきている。すぐ怒ってしまう。怒り(というか相手に呆れる)に達する温度、いわゆる沸点が低くなっているのである。(あんまり大人な対応をしていると相手は調子に乗り、話がややこしくなるのがこの問題のポイントでもあるが。)

 先日ルワンダへ入国する際も、小屋の前でなんとなく座っている若い2人組みカスタム担当員に「荷物検査をする」と言われ、入国の際のそれは当たり前の行為なので「あーいいですよ」と答えると、その狩人は「おまえだけこっちに来い」とおっさんだけ列から出て小屋の裏側に連れて行こうとした。
 2対1の状況を作り、物をせびったり盗ったりするのは係官の常套手段であることは旅人の知ったところ。知っていたからこそ、「はぁ〜?なんでウラに行くんだよ!何か理由あんのかよ?ここでやればいいじゃねーかよ!」と一瞬にして沸点を越えてしまった。(はぁ〜ぁ。)
 アフリカ諸国で警官や軍人といった特権階級に必要以上に楯突き、彼らの機嫌を損ねることは時に命取りとなることがあるにも関わらず、そう言ってしまった。
 んー、いかんなぁ。怒るとパワー使うし、何より怒った自分がバカに思えてくる。

 そんな自己嫌悪になる一方で、やっとアフリカを旅している感覚が自分の中であることも、また事実である。ケンカをすることでそう感じるのではなく、交渉や日常生活の中で彼らの流儀や限界を感じる
ことができるようになってきたことが、そう思う一因かも知れない。
 なんというか、今まではアフリカの上を歩いている感覚だったのが、やっとアフリカの中を泳げるようになった感じ。そんな泳いでいる感覚はアジアやヨーロッパを旅しているときに持つことのできていた感覚でもある。

 別にケンカをしているから泳いでいるということにはならない。沸点が下がることは大人の流儀として良くないし、怒ることは何よりも精神衛生上非常に良くない。
アジアを旅している時にこの「沸点問題」は克服したつもりでいたけど、、、成長していないのかねぇ。。。
 とは言っても、この後も「はぁ〜?んなぁーに眠たいこと言ってんだYO!」ってやっちゃうんだろうなぁ。はぁーぁ。
 プリィミティヴな自分を出し、向き合う。まぁそれもアフリカ流ということか。

| Rwanda | 20:00 | comments(0) | trackbacks(0) |
ルワンダにて

Wed.04.August.2010 @Kigali・Gikongoro, Rwanda

 ブルンジからルワンダへ入国。
 16年前に起こった大虐殺事件とそれに纏わる映像でしか見たことのない国、ルワンダ。それ以外になんのイメージも持たずに国境を越えていく。



 幾つかの赤茶色の丘があり、そこに粗末な建物が張り付く。映画「ルワンダの涙」で見たキガリの街は確かに、そこにあった。


 しかし、映画の中には小さく粗末な家だけであったが、実際のキガリ中心部には大きなビルが立ち並び、24時間複合ショッピングセンターが営業し、メインロータリーには大きなテレビ画面まで設置され、キレイに着飾り香水の香り漂う人々が行きかう超モダンな街だった。


 そんな想像と実際のギャップに驚きながら入ったレストラン。そこではおじさんたちが映画「スチュワート・リトル」を指さして笑顔だったりと、萌えに萌えながら鑑賞していた。そういえば、日本のどこかでテレビに映るリスに萌えまっくていたおじさんがいた気がする。。。



 活気溢れるバスステーションに阪神タイガースを発見!故郷の阪神バカやオーストラリアの阪神娘を思い出してみる。



 大統領選挙が近いようで、街には現職大統領応援グッズが溢れていた。大統領の顔がプリントされているTシャツを着た人も多く見かけた。しかし、対抗候補者のグッズは見ることがなかった。


 ここでもオイルは生活物価に対して高め。東アフリカ全体的に高い印象。(レギュラーガソリン939RWF≒134円)

 

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 ギゴンゴロにある虐殺記念館。ここには実際に犠牲となった人々のミイラが数百体保存されている。

 虐殺では多くの女性や子供も容赦なく犠牲となった。
 なぜなら、子供たちはその民族の未来であり、女性はそのDNAを産み落とす存在である。
 そして、虐殺という行為はその民族を根絶やすことである。

 ミイラとなった殆どの子供たちの頭部には容赦なくナタやオノで叩き割られた痕が残る。心臓を一突きされた女性や、指を無残に切り落とされてから殺された子供のミイラや、叫び顔のまま息絶えたミイラ。
 彼らが無言のまま、余りにもリアルなその姿だけで語りかける殺戮の惨状を前にすると、これ以上ない無力感とただただ残念で深い悲しみに襲われる。

 ガイドをしてくれた係員に聞いてみる。このような事件の起こった民族間に果たして友好関係は築けるのか、と。
 彼は答えた「確かに親兄弟を殺された者が、その殺人者たちを許すことは難しいでしょう。しかし、我々は政府を中心に決めました。復讐は復讐を招き終わりのない戦いとなる。そうならないために、お互いを憎むのを止め、未来を向いていこうと。」
 確かにそうである。全くもって正論である。しかし、これだけの惨いことをされたうえ、その鬼と化した殺人者たちがこの地で生きているという事実を、果たして虐殺の対象となったツチ族は受け入れられるのだろうか。また、どんな気持ちでいるのだろうか。
 おっさんのつたない英語もあって、彼からはオフィシャルなコメント以外は聞くことができなかった。

 明るい未来に目を向けることが今一番必要なことであることは痛いほどわかる。しかしその為に乗り越えなければいけない過去は、余りにも無残で大きな傷であるように思えて仕方がない。

 ライオンは生きるために狩をし獲物を殺す。では虐殺とは何か。そこに生きる為の必然性はあるのか。
 おっさんがその必然性を見つけることができないのは、食料にも困らない、ほぼ単一民族の豊かな国に育ったおかげという理由だけであろうか。いや、今のところそうは思えない。だからこそ、同じ人間が犯した「そこまでできるのか」という行為に対してどうしようもない無力感とやるせない気持ちにさらされる。「なぜ?」という言葉と共に。
 ただ一方で、日々のどうしようもない閉塞感やフラストレーションというものは、ある日何かのきっかけで爆発し、人間の所業とは思えぬ行為に人々を駆り立てる動機になり得ることは、理解できる。



 こちらはキガリにある虐殺記念館。
 ツチ族の男と結婚し子供をもうけたということで、虐殺を行った側であるフツ族の女性も罰としてレイプされたり、自らの子供を殺すよう命令された事実も。また、HIV+の男にレイプされたことで、生き残った今も心身ともに傷ついている人がいること、そして少なくとも500,000人がレイプされたこと等が説明されている。


 映画「ホテルルワンダ」の舞台となった場所。普通の高級ホテルとなっている。

| Rwanda | 23:53 | comments(3) | trackbacks(0) |
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